【Macで文芸創作】Ulysses ── シンプルで飽きがこない傑作アプリ

2019年3月8日

Ulysses は文章作成のためのシングルライブラリ・アプリだ。
 よく似たアプリに Scrivener というものがある。Scrivener はテキストばかりでなく、画像や pdf ファイルも収録でき、資料作りに使うことが出来る。
 Ulysses はそういった用途に向かない。
 また Scrivener と違って縦書きも出来ない。コルクボードのようなアウトラインプロセッサ要素もない。
 Ulysses は徹底的に執筆のために設計されており、その設計通り、ユーザを執筆に向かわせる。
 メニューもチュートリアルも日本語化されており、とっつきやすい。iPhone と iPad ようのアプリがあり、iCloud を通して作成した文章を共有できる。

Ulysses は定額制のアプリだ。サブスクリプションは年 4,400 円と、けっしてお安くない。しかし使いはじめれば、その強気の値段の理由もわかる気がする。

🔗 Ulysses

シングルライブラリ

シングルライブラリ・アプリとは Ulysses のチュートリアルに出てくる言葉で、おそらく、一枚のウィンドウですべてがすんでしまう形式のアプリということかと思う。iPad や iPhone のアプリとちょっと似ている。
 一枚のウィンドウですべて完結する、というのはどういうことか。

Ulysses はファイルを開かせない。
 Finder でファイルを捜し、ダブルクリックで叩いて起動する、という真似を Ulysses はさせない。また、ファイルメニューに「開く」という項目もない。
 文書はライブラリに、もう揃っている。そこから開くのである。

Ulysses はライブラリ、シート列、エディタ、という三つの部分で構成されている。ライブラリは文書を、グループやフィルタで管理する場所だ。グループというのは複数の文書を束ねるもので、Finder のフォルダに似ている。フィルタはキーワードで文書を検索する、スマートフォルダのようなものだ。
 グループ内の文書は、ひとつ右の「シート列」に表示される。シート列でシートを選択すると、一番左のエディタで中身を読めたり、編集できたりする。

Ulysses はユーザに保存させない。
 Ulysses は、文書を編集すると自動で保存する。動作は機敏でラグみたいなものは生じない。iCloud を使用すれば、編集すると同時にバックアップもおこなわれる、ということになる。
 なので、Ulysses で文書を作るときは、ファイル名を決めるわずらわしさがない。ひょいとばかりに書きはじめて、放っておいても保存されている。「バージョンをブラウズ」することもできるので、保存前に戻すことも可能だ。

つまり、文書を開く、文書を書く、文書を保存する、という作業すべてが、Ulysses のなかだけで完結する。Finder に用はない。デスクトップを隠すほどにウィンドウを広げて、Dock を隠せば、気をそらすものはなにもない。
 Ulysses のウィンドウ一枚下にある、雑然としたデスクトップも、ムービーフォルダのえっちな動画も、意識から消えてなくなる。ただただ文章作成に没入できる。書いているのが小説なら、その世界に入るような感覚なのである。
 これが Ulysses のもっとも強力なところだと筆者は思う。
 資料を集めるのに向かないというのも、外部の情報を締め出し、執筆に集中させる目的に合致している。

Markdown で文章を構造化できる

Ulysses はファイルを開かない、といってもファイルが作られないわけではない(スポットライトで検索すると出てくる)。.ulysses という拡張子でシートを保存している。このファイルのパッケージをのぞくと、中身は単なるテキストファイルだ。
 Ulysses は文書をプレーンテキストで保存するのだ。
 プレーンテキストは単純で原始的で、それだけに強靭である。Mac で開けるし、UNIX でも Windows でも開ける。
 ただし、文書の装飾はまったくできない。太字にもできないし、画像の掲載なんかもってのほかだ。

それを補うために、Ulysses はマークダウン記法に採用している。マークダウンは、可読性をそこなわずに、文に意味をもたせる記法だ。画像を掲載することもリンクを貼ることもできる。

覚えることはそう多くない。小説なら、「#」を行頭につければ表題になる、程度でもいいような気がする。## なら副題で、### ならその下の章題だ。これをつけておくと、文書内のブックマークの役割りになって、長文編集の時に便利だ。

マークダウン記法は極めて簡単なので、覚えてしまえばキーボードから手を離すことなく文章を編集できる。マークダウン記法については、以下のようなサイトさまが参考になる。

🔗 Qiita マークダウン記法 一覧表・チートシート – Qiita

マークダウンによる文章の構造化は、なんといっても書き出しで力を発揮する。
 Ulysses は文書を、標準テキスト、リッチテキスト、DOCX 、HTML、ePub、PDFの標準フォーマットに書き出せるのである。さらには、Wordpress などのブログに直接、投稿することもできる。
 そのさい、マークダウンでおこなったマークは、すべて反映されるのだ。
 # をマークした表題は、例えば HTML なら <h1> になるし、** の強調は<strong>にしてくれる。リンクも a タグに直してくれる。

Ulysses は、マークダウンで編集したものを他の形式に書き出すためのアプリ、といういい方も出来るかと思う。

その他、気が効いているところ

タイプライターモード

カーソルの位置を中央(あるいは上、下、可変)に固定できるモードである。これがあるから Ulysses を使っている、といえるくらい筆者は気に入っている。エディタの底辺部分のせせこましいところに目を向けていると、みょうに先々の展開の見通しが効かなくなる気がする。

締切り、目標の設定

何日以内に、何文字書く、という目標と締め切りが設定できる。進捗状況は円グラフでグラフィカルに確認できて楽しい。「なろう」で一週間に一本、エピソードをアップすると決めていたころは、この機能がとても役立った。

テーマ

Ulysses はテーマを指定することで、外観を一新できる。あらかじめ内蔵されているテーマのほかに、以下から新しいテーマをダウンロードすることも可能だ。

🔗 Themes – Ulysses Style Exchange

マークダウン記法のカスタマイズ

筆者は日本語入力インプットメソッドに AquaSKK を使用している。この AquaSKK では、送り仮名を指定するときアスタリスクが使われる。このアスタリスクが、マークダウンの強調の記号とかぶってしまい、いつもおかしなことになっていた。あと、単語登録の時の [ がリンクの記号とかぶる、というのもあった。
 このマークダウンの記号は自分用にカスタマイズできる。環境設定の「マークアップ」にあるセレクトボックス内に「新規マークアップ」というのがあり、そこで設定する。
 筆者の場合は !! を強調にした。これは、書き出しの時、ちゃんと普通のマークに戻されるので安心だ。
 自分用にカスタマイズしたマークアップを適用するには、環境設定ではなく、編集メニューの「マークアップを変換」でおこなう。

フルスクリーンモード

フルスクリーンにするとエディタが画面いっぱいに広がる。シート列もライブラリも隠れて、執筆に集中できるようになる。WriteRoom や OmmWriter と同じことが、Ulysses でも出来るのである。

日本語チュートリアル

ライブラリのなかに、「はじめに」というグループがあり、これが優れたチュートリアルになっている。Ulysses の詳しい使い方が記載されており、かなりとっつきやすい。

タブ

最近のアップデートでタブを作れるようになった。これも、いくつかの作業を続けているときに割と使う。

くらいだろうか。ライブラリにある「受信」というグループは、英語の inbox のことらしく思われる。なんかもやもやしたアイディアを文章にしたいとき、とりあえずこの「受信」のなかにシートを作り、適当な文章で適当なことを書く。
 そういう軽い気持ちで、変なこと書いてもいいのが Ulysses の大きな魅力だと思う。
 ファイル名を決めなくていい。なにについての文章なのか考えなくても、とりあえず書き始められる。それが勝手に保存されて、勝手に蓄積されていく。

年 4,400 円のサブスクリプションは高いが、一方で安心感もある。この快適な執筆環境が保たれるには、Ulysses をこしらえた会社が儲かっていて、存続していなくてはならない。そう考えれば、筆者は大金持ちってわけじゃないが、まぁ払うかという気になる。
 今のところ、Ulysses のアップデートは適度になされており、Mac の進化と歩調をあわせている。

Ulysses での執筆には、なんとなくひとを勢いづかせるものがある。起動すればもう環境は出来ており、あとは書くだけなのだ。キーボードをうるさく鳴らして、嫌になれば MacBook を引っぱたくように閉じてもいい。文章は保存されている。うまくいかない場合は適当なグループにぶちこんで忘れてしまえばいい。
 新しく Mac を新調しても、iCloud を使っていれば駄目だった文章ふくめて引き継がれる。なんの手間もない、ただ書くだけなのだ。Ulysses はつまり、書くためのソフトウェアなのである。